オレンジみかづき

アラフォー主婦の、ふたりめ妊活日記。

二人目妊活のはじまり

ひさしぶりの投稿です。

ブログからはすっかり離れておりました、みかづきです。

 

2020年5月に出産し、娘は2歳になりました。

1歳過ぎた頃、「そろそろふたりめ…」と思い立って一度はクリニックに足を運んだのですが、授乳していると子宮収縮の影響があるらしく、「断乳してからね」と言われ…

なかなか親主導の断乳に踏み切れない中、昨年末(娘1歳半)に突如として娘が卒乳していったのですが、そこからも重い腰が上がらず…

前から気になっていて、授乳中できなかった親知らずを抜いてから、と思い歯医者さんで大学病院を紹介してもらったら、なかなか予約が取れず…

で、今回やっと、親知らず抜歯も終わり、妊活再開いたしました。

 

顕微授精した胚盤胞が3つ残っているので、ふたりめ妊活は、この3つまでと考えています。

今年の4月から施工された保険適用も、3回までのようなので、助成金は使わず、保険適用範囲内で行う予定です。

 

卵があり、移植周期のみとなると、負担は少なめですね。

 

1回目:採血と内診

エストラーナテープ開始

2回目:採血と内診で移植日確定←イマココ

3回目:移植

 

てな感じです。今日以降で膣座薬も始まるかな。2年前の採卵やらポリープ切除手術の日々を考えると、卵が残っていて良かったという気持ち。

 

日々、運動もままならず、娘の抱っこで腰を痛め、2年前より肩幅も腰回りも大きくなった気がするし、気づけば41歳になっていましたが、気持ちを前向きに、はじめます。

20週になった、その後と、変わらぬ「できもの体質」

久々にこちらのブログに記事を書きます。

その後、高血圧気味を気にしながら、いまのところ無事に妊婦生活を送っています。

20週を迎え、お腹も目立つようになってきました。妊娠してからの経過は思いの外順調で、逆にそれが「本当にこれでいいの?」という不安にも繋がっていましたが、ここ一週間くらいの間に少しずつ胎動が分かるようになってきて初めて、安心することができた気がします。

 

さて、結婚後は子宮頸部円錐切除手術、不妊治療中は子宮粘膜下筋腫、子宮内ポリープに悩まされていたわたし。

ここへ来て判明したことは、妊娠をきっかけに子宮筋腫が増殖しているようです(*_*)

今のところは自覚症状はないのですが、筋腫の場所と大きさによっては、大きくなった子宮が筋腫を圧迫して痛くなり点滴入院になる可能性や、子宮口の近くにある場合には子宮口が開けず帝王切開になる可能性があるそうです。

自分的にはもう、これだけ赤ちゃんが成長してくれているので、その後のことはどうにでもなれ、なんでもこい!という気持ちではいます。

 

不妊治療と妊婦ブログを別にしてはいましたが、わたしの「できもの体質」は治療中から妊婦まで、繋がっていることに気づき、同じ境遇の方への参考になるかなと思い、こちらのブログのリンクも貼らせていただきます。

 

体質は人それぞれ。なにかをクリアすると、なにか出てくる。これは、今後も続いていくのかもしれません。受け入れて、向き合っていくしかないですね。

無事、クリニックを卒業しました。

7w5d 微熱。

クリニックに行ってきました。3日前くらいから茶オリが出て、「むむむ」と思ったものの、鮮血ではないから大丈夫と自分に言い聞かせて、内診を待ちました。

 

内診。

すぐに分かりました。前回のぼんやりした何かとは違う、ハッキリしたクリオネみたいなものがいて、その中でピクピク動いているものがいました。

体長14.5mm 心拍160

わたしの心臓の二倍の速さで動いています。

 

問診。

先生は紹介状を仕上げているところでした。

わたしの病歴。

36歳 子宮頸部円錐切除術

37歳 子宮粘膜下筋腫・ポリープ切除

38歳 2月と7月にポリープ切除

ハイリスク間違いなしです。。分娩する大学病院への紹介状と、最終的な結果をクリニックに報告するお手紙をもらったら、先生はやっと「おめでとう!」と言って笑顔で握手してくれました。

思うことはたくさん、先生を信じてお委せしてきて良かったという気持ちで、「おかげさまで、ありがとうございます」と言うので精一杯でした。

 

あとは、お会計して帰ろうと思っていたら、追加で2週間分のルテウム膣座薬をだされました(泣)座薬からも解放されると思っていたのに、あと少し続きます。

 

最後は、クリニックの次回予約ではなく、大学病院の予約結果を聞き、お会計。

あれだけたくさん通ったクリニックも、卒業といっても、いつもどおり外に出る感じでした。

きっと、わたしが通っているときも、こうしてさり気なく卒業していった方たちがいたのでしょう。

 

35歳で結婚してから、すぐに子どもが欲しいと思っていたのに、その後4回も手術を経験するなんて思いませんでした。

体外受精に切り替えたのは38歳になってから。

採卵は2回。1回目はひとつの凍結胚だけで、移植して陰性。2回目は4つの凍結胚ができて、一番良いものをシート液と共にアシステッドハッチで移植して陽性反応が出て、いまに至る。

すぐに再発するポリープのため、移植もなかなかできずに、待つ期間が長い不妊治療でした。

そのため、最初のうちは、いちいち布団の中で大泣きするような日々でしたが、次第に不妊治療が生活の一部となり、やきもきしなくもなりました。

周りに不妊治療仲間がおらず、相談できるのも旦那さんくらいしかいない中、このブログにいつも励まされてきました。

色んな事情を抱えて同じように奮闘している方たちのブログを読んで、一緒にがんばっている気持ちになり、妊娠して卒業していく方々を羨ましい気持ちで見送ることもありました。

直接お会いしたこともないのに、わたしにはたくさんの同士がいる気持ちでした。不妊治療をがんばっているみなさんのところに、赤ちゃんがやってきますように。

もっともっと、不妊治療しやすい世の中になりますように。

 

こちらのブログは治療の詳細までは記録していませんが、ポリープできやすい体質でも、子宮頚がん検診でひっかかっても、妊娠できたということ、少しでも悩んでいる方のお役に立てますように。

 

ありがとうございました。

 

◆追記◆

「オレンジみかづき」は「まんまるみかづき」に続きます

お腹シールからの卒業

昨日をもちまして、移植前から2日おきに貼り替えていたエストラーナテープが終わりました。

1ヶ月半以上、よく貼り続けたもんだ。

おかげで、皮膚の弱いわたしのお腹は、うっすら色素沈着しています…。仕方がない。これから、しっかり保湿していこう。

 

ルテウム膣座薬はもうしばらく続きます。

こちらも、家と会社の冷蔵庫で冷えていて、1日二回、午前11時と午後11時に続けてきました。よく忘れなかったな、と思っています。

会社にいるときはいいけど、午前中打ち合わせの時なんかには、保冷バッグに座薬を入れて、取引先の会社のトイレで入れたりしてました。

わたしは外出といっても月一くらいだけど、動き回る人だと、もっと大変だと思います。

 

引き続き、悪阻らしいツワリはなく、なんとなく身体が重いのも、最近努めて横になっているから体力が落ちているのかとも思うし、嬉しいよりも不安な気持ちの方が大きいです。

 

そんな中、昨日の夜は、ふわふわでホカホカな赤ちゃんを抱く夢を見ました。かわいい男の子でした。

 

不安な気持ちを感じ取り、「僕はここにいるよ!」というメッセージを送ってきてくれたのかな。

 

次のクリニックは金曜日。

はやく無事に毎日が過ぎますように。

心拍の確認。

BT26 多少胸焼け。眠気。

6w2dでもあるのですが、今日は内診で心拍を確認しました。エコーの映像をかなり延ばした動画ではあるのですが、白い丸の間にある線がヒクンヒクンと早く動いている感じ。

まだ、ヒトなのかおたまじゃくしなのかも分からない、ぼんやりしたなにかでした。

今日はこれを見れただけでOKとのことで、いよいよ卒業は来週となりました。

 

胎嚢を確認してからの一週間と少し、本当に一日一日が待ち遠しかったです。

炭水化物の食欲が落ちて、あれだけ運動しても減らなかったわたしの体重が、目標値になり、むしろ凹んだ私のお腹に、本当に生き物が存在するのか実感できず、たまごクラブなんかも買う気になれず、ただただ、自分の体調の変化を気にしたり、意識してよく眠った日々でした。

 

母曰く、母は殆どつわりがなかったから、娘のわたしも遺伝してつわりは軽いだろうとのこと。本番はこれからだろうけど、今のところ、不妊治療をしていない状態で妊娠していたら、きっと風邪とか疲れと思って薬を飲んでしまいそうな状態です。

 

また次の一週間、今日見た、拍動するぼんやりしたなにかを胸に、このちいさな生きものを信じて待ちます。

親友の出産報告

実は、検査薬で陽性反応が出た日、積極的には連絡をとっていなかった親友から、出産の報告がありました。

私より後に結婚して、不妊治療のいろはを伝えていたところ、自然妊娠した子です。

「妊娠したみたい。これからのつわりとか不安なんだけど…」

「望んで妊娠したんじゃないの?」

という返事しかできていなかった子。。。。

 

いままでは、自分が辛くて、素直に喜べなくて、うまくコミュニケーションできなくなっていたのですが、まだ不確定ながら陽性反応が出たこともあり、少し落ち着いた気分でおめでとうを言うことができました。

 

次の日、クリニックでの陽性判定をもらってから、改めて「今まで自分ばっか辛いと思っていて、なにも気遣ってあげられなくてごめんね」ということと、陽性判定のことを伝えました。

すると、友達のほうも「ありがたく自然妊娠したけど、もともと不妊治療するお金がなくて、妊娠中もお金が大変で、余裕がなかった。でも、みかづき(わたし)に妊娠パワーが届くように祈っていたよ」と言われました。

今思うと、友達のお腹の大きな写真や妊娠中の悩みなんかも、わたしには連絡してきておらず、気遣っていてくれていたのかもしれません。

 

それぞれ、時や状況の変化とともに、何らかの事情を抱えているものなんだと、ここへきて、凍っていた気持ちが溶けていくのを感じました。

でも、これも自分の状況が変わったからであって、今回陰性だった場合、引きつった感じの心からではない「おめでとう」になっていたと思います。

 

本当は、いままで仕事や恋愛のこととか励まし合ってきた友達だから、その関係を続けていくべきと思う自分もいましたが、人生の色んな状況により、変わっていくものですね。

いつか、不妊治療のことも笑いながら話せたらいいな。

ちいさな胎嚢を確認しました。

BT15 高温期が続いていること、仕事から帰ってきたときの疲れがいつもよりある?!程度。

 

陽性判定をもらってから、2回目の診察でした。採血はなく、いきなり内診から。

6.1mm程度のマメが映っていました。これが胎嚢というもので、ひとまず子宮外妊娠ではないことを確認。

先生とのお話で、いまの週数と予定日を教えてもらいました。早めの分娩予約が必要な病院には、これをもって、いつまでに行けばいいか確認してくださいとのこと。

※通常の妊娠と違い、凍結胚移植の場合には週数の数え方が異なるみたい

そして、エストラーナテープの追加分とルテウム膣座薬の追加分をもらい、採血してからお会計。

血液検査の結果でなにかあれば、電話で連絡がくるみたい。。。恐怖。。。。。

 

今日は前から自分が幹事をしていた、同僚の結婚祝い飲み会があります。イタリアンレストランなので、ノンアルはもちろんのこと、生肉・カルパッチョナチュラルチーズなどに気をつけます。

うまくいけば、この飲み会がわりと普通に参加できる最後になるのかしら…?!

 

治療のためのクリニック通院は、ただ日々をこなすような気持ちで、あっという間に「できない」うちに年をとる感覚でしたが、妊娠陽性になってからは、毎日時間がゆっくり過ぎていきます。はやく安定するまで時間が過ぎたらいいのにと、焦る気持ちでしょうか。

 

まだ、わたしには「辛い」症状が出ていないのですが、旦那さんがやたらと気遣ってくれて、家事を率先してくれるようになったことに、驚いています。

判定日にクリニックに同行してもらい、一緒にドキドキハラハラした効果があったかな。

わたし以上に妊娠超初期のことをネットで調べてるみたいです。

 

次の診察は再来週の連休明け。次なるステップは心音の確認かな。あと少し、妊活日記として続けます。